現在、生糸は一般的に製糸場で大型の自動繰糸機によって挽かれます。これは昭和後半に当時の日本の技術の粋を集めて作られたものですのでとても優れていて、繊度(糸の太さ)の均一性、生糸に張力があり、その後の精練、染色等で負荷がかかる加工にも耐えられるいわば万能な生糸です。
しかし日本刺繍ではそれほど繊度、張力にはこだわらなくてもよく、それよりも蚕が命をかけて作った生糸の特性を引き出せないかと考えました。
今日、日本刺繍糸で使う絹糸は織物などで使われる生糸を日本刺繍用にも加工したものであり、生糸に必要以上に張力がかかっている事が考えられます。
刺繍は織物用に比べて糸を使う量が少ない為、製糸場などで刺繍用に生糸を挽く事になると割高な糸になってしまいます。また、繭は熱処理して乾燥させるので元々の性質と少し変わってきます。(製糸場で繭を煮たりする時には性質を変えておくことが必要になる場合もあります)
蚕が吐いた1本の糸は0.02㎜ほどしかありませんが、その中にはフィブロインという繊維があり、更にその中に数千本のフィブリルという繊維が集まっており、更にその中にミクロフィブリルというもっと細い繊維が集まって出来ています。
このようにとてつもない細やかな構造をしているからこそ、繭の中に蛹が暮らしやすい安定した空間が生まれるのです。
そのことを思うと、現代の科学技術でも出来ないような神秘的な素材を出来る限りそのままの状態で、糸を作ることが一番良いことではないかと考え、10年以上前に桑畑を作り養蚕から始めました。
現在、繭は近県の養蚕農家から購入しています。
また、白糸に使う繭は乾燥させずに冷蔵庫の中で保存し、中の蛹が生きたままの『生繭』という状態で出来るだけ使う事を心掛けています。染める糸に使う繭は塩漬けにして長期保存出来るようにする『塩蔵』という方法も取り入れています。繰糸方法として始めた頃は上州式座繰機という昔ながらの道具も使いました。
現在では繭の状態に合わせ良質な生糸を挽く事が出来るようになりました。
今回、こんなに素晴らしい素材を何千年も作って来てくれた蚕に思いを馳せ、糸名を『讃(さん)蚕(さん)釜糸』に改名いたしました。
讃は「たたえる」の意味で、蚕の命を大切にして刺繍糸を作って行きたいと思います。
ふっくらとした風合い,白が際立つ,しっかりとして強いなどの特長があります。