刺繍「四季花鳥図巻」全4巻 制作:紅会『くれないかい』工房
桃山から江戸初期の、俵屋宗達・本阿弥光悦に始まり、中期の尾形光琳、後期の酒井抱一に繋がる日本画の「琳派」の流れは、実際には家系を通じて続く流派ではなく、作風に私淑して制作活動を行ったことにより、結果として後世の人が「琳派」と呼ぶようになったものだそうです。抱一は、姫路城主酒井家の次男という出自で、出家して俳諧に通じ江戸で活躍していたことから、洒脱で洗練された作風で知られています。
抱一の代表作として知られる「四季花鳥図巻」(東京国立博物館)は、おおらかな作風で、四季の草花や鳥虫を描いてあたかも〝生命の讃歌〟といった印象です。原画は一巻が7メートル余の上下二巻本、全長約15メートルの全図を刺繍作品として表現することはかつてない挑戦でした。
私たちが制作に取り掛かろうとしていた2003年春には、東京国立博物館で常設展示の中の一作として「上巻」が展示され、原本を拝見することができました。200年前の作品とは思えない美しい色彩に感銘を受け、制作への意欲が高まりました。
平面的な日本画に比べて、刺繍では絹糸と技から受ける印象が強くなります。色の彩度をおさえ薄手の刺繍を心がけました。日本画の「たらし込み」の彩色や、抱一の「葉の先端」にまで行き届いた伸びやかな描写を表現することに工夫しました。単に下絵を追ってゆくことではなく、光悦は鷹ヶ峰に光悦村を作り工匠を集めたそうですが、私たちも“抱一”工房の一員であったらとの思い、抱一の目指す境地に近づきたい、日本の四季の花鳥を愛でる眼差しを刺繍で表現してゆきたいという作業でした。
刺繍制作が進むにつれて最終的にどういう形態に仕上げるかが問題となりました。幸い文化財の美術品修復を専門とする表具師さんの工房への依頼が叶い、原本と同じ「巻子」仕立てとすることができました。ただ原本は二巻本ですが、刺繍は一巻を2面に分けて制作したので、全四巻仕立てです。
※本作品は、2007年11月繍道世界展(英国、ケンブリッジ)で公開